人工的な物語

 雨ばかりの暑い日々がすぎて西から乾いた冷たい風が吹き始めると、今年も書物(注1)たちの渡りの季節だ。書物たちは、よりよい住環境を求めて群れで飛ぶ。あまりにも暑い季節は渡りに適していない。だから、暑さと寒さの間のわずかな時期を狙って飛び、自身の収まるべき棚を探す。見つからなければ次の季節にまた渡りを行い、ふさわしい地が見つかるまでこれが繰り返される。従って、季節ごとに決まった居留地を行き来する本来的な意味での渡りとは、厳密には異なるのだが、季節性の移動ということで慣習的にそう呼ばれている。
 かつて書物は渡りを行わない、いわゆる留鳥に分類される鳥(注2)で、地球の各地に分布していた。現在、書物は一箇所に留まらず、長距離を移動して情報を拡散させる。人類の作った情報網が絶えた今、伝達には物理的な移動しか方法がない。
 書物たちの保有する情報は、主として人類によって作成された様々な記録であり、いくつかの範疇に分類されるということまでは分かっているが、残念ながら読む術がない。読み出すための技術が失われてしまったからである。しかしながら、書物たちによる情報の複製は今も行われており、彼らが絶滅しない限りは情報が失われることはないだろう。我々がすべきは書物たちの棚すなわち居住地をなるべく多く確保することだが、極端に寒かったり、極度に乾燥していたりしない限り、書物たちは存在することができる。個体によって好みはあるようだが、水分や営巣地、必要な栄養を含む植物等、適切な条件が満たされていれば、彼らはどこでも存在し、増殖する。
 最晩年の人類はいわば記録魔で、それらの記録類の中には、決して起こらなかったことまでもが含まれているという。人工的な物語と呼ばれるそれらの一群を保有する書物たちは、なぜか湖畔を好む。朝、湖の方へ向かうと、岸辺の砂地の上を、書物たちが足指の先を使って歩いている。

 

 

注1 ここで書物と呼ばれている鳥類は、以前は鳩と呼ばれていた。鳩はしばしば人類に飼われ、その習性を利用されて情報伝達の手段として活動した。
 当時の主な情報保存媒体は紙であり、それほど多くの情報を移動させることはできなかった。しかし、技術の革新によって、情報の保存量は飛躍的に増大した。当初の情報媒体は、環境変化(気温、湿度、経年、保存形式の変化等)に対する脆弱性が弱点だったが、それが克服されると、情報は人類を離れて鳩と契約し、情報の本能である拡散を行うようになった。一方鳩は、かつて存在した情報媒体の名を以って呼ばれるようになった。

注2 渡りを行う種もいたが、人類による肉や羽毛目的の乱獲によって数十年のうちに絶滅した。

 

小説トップへ