夢の女じゃない

 姉や妹に似ている、と言われた。娘に似ている、とも。旅先で母親を探していると、まれにジェイを引き止める人がいて、間違いに気づくと決まって「どうして勘違いしたんだろう。あまり似てないのに」と言う。あなたの方が美人だね、と付け加えることもある。最後の一言は余計だと思う。
「それはたぶん」とその人は言った。「あなたが遠くから来た女の子だからじゃないかな」
「何、それ」
 つまり、とその人は続ける。「かれらは姉や妹、娘に久しく会っていなかった。会えなかったのかもしれない。彼女たちは遠くにいるから。こうなっているだろう、ああなっているだろうと想像する。そこへあなたがやってくる。完璧な遠くから来た女の子。だから勘違いする。遠くの姉や妹や娘だって」
 それは一応の説得力を持っていた。その人と知り合ったのも勘違いで声をかけられたのがきっかけだった。その人の場合は姉で、長く会っていなかった。ある日ふらりと家を出て行ったきり、長い間その人の姉さんはどこにいるのかわからなかった。姉さんがどんな人だったのか、多くは聞かなかった。五つ年上、ということしか知らない。ぼくには分からないけど、姉さんも色々とつらいことがあったんだろうね、とその人はつぶやいた。そのぼやけた同情こそ、姉さんが出て行った理由ではないのかとジェイは思ったが言わなかった。
 結局その人とは別れた。その時は、他にもいろいろと理由があった気がするけれど、そもそもの始まりはこの会話だったような気がする。ジェイはジェイで、誰かじゃないし、「遠くから来た女の子」でもない。そんなふうに夢を見られても困る。そういう夢見がちなところが合わなかった、と今なら思う。
「完璧な、ってのが、一番気に入らない」とジェイはつぶやいて、シャッターを上げ、包丁を研ぎ、店を開ける準備を始めた。