練習問題③問一 一段落(二〇〇〜三〇〇文字)の語りを、十五字前後の文を並べて執筆すること。不完全な断片文は使用不可。各文には主語(主部)と述語(述部)が必須。[英語の主語+述語という主体と動態の関係構造は、日本語にそのままで当てはまるものではないため、たとえばここでは、〈何〉について〈どう〉であるか、のように主題を対象とする陳述・叙述が成立していればよいものとする](ル=グウィン『文体の舵をとれ!』p.73)
童貞聖マリア無原罪の御孕りの祝日に酒を盗む。瓶ごとはダメだ、バレる。一口だけ飲んであとは忘れよう。一口だけなら楽しいで終われる。私だって楽しいで終わりたいよね。もちろん! と自分に言って蓋を捻る。瓶に口をつけ、顎を上げる。液体が歯と舌を超えて喉へと流れ込む。じゅん、と音がした。潤いの酒は瞬時に体に吸い込まれる。唇は瓶の口にくっついている。舐めるとガラスの味だ。さあ、唇を離して蓋を閉めよう。瓶を夫の棚に戻し、水を飲む。コーヒーを淹れパンを焼きバターをつける。冷蔵庫で乾いていたサラミを切る。玉ねぎの薄切りを添えれば目もさめる。でも私の傍には空の瓶が転がっている。部屋の中が暗い。今日が終わりかけている。コーヒーもパンもバターもない。サラミも玉ねぎも本当はなかった。もうすぐ息子が帰ってくる。
【解説】
第一文からめちゃくちゃはみ出しとるやんけ!
と思った方もいらっしゃるだろうが、これには理由がある。ル=グウィンの元の本は英語である。英語の場合、文章のサイズは字数ではなく単語数で示す。訳者あとがきによれば、翻訳の慣例に従って原書の単語数を二倍にして字数としたとのこと(p.252)。とすれば、例えばの話、Supercalifragilisticexpialidociousみたいなめちゃくちゃ長い単語も「一単語」となるはずだ。では日本語の場合も、例えば固有名詞などで長いものを「一かたまり」にするのもアリではないか? と思った次第である(実際ル=グウィンも「短かい文だからといって、短い語で組み立てる必要はない」と言っているわけだし)。関西電気保安協会とか、金光明最勝王経音義とか、少し探せば長いものもすぐに見つかる。しかしながら物語を駆動するのにちょうどいい単語がない……と探していたところ見つけたのが上記の「童貞聖マリア無原罪の御孕りの祝日」である。
「童貞聖マリア無原罪の御孕りの祝日」は俳句の季語である。季語であるが25音あり、俳句の音数17音を大幅にはみ出している。これを私は夏井いつき『絶滅寸前季語辞典』で見たのだが、「一かたまりで長い単語」を探して脳内のブラックボックスをガサガサしていた時に思い出し、使うことにした。
「前後」をどれくらいの幅に解釈するかという問題もあるが、ここまでのはみ出しを自らに許容したのはもう一つ理由がある。「十五字」を守りすぎると、何だか全体のリズムが単調になるように感じたのだ。
英語の場合強弱アクセントだが、日本語は高低アクセントだ。英語の場合にはどこかの音節を特に強く読むことでアクセントをつけるが、日本語の場合音節の高さを変えてアクセントをつける(は↑し↓/は↓し↑)。そして、文全体で見れば、文節の中で抑揚がありつつも、文頭でもっとも高く、文末で低くなるという山形の抑揚をとる。朗読する際にどこかを強く読むということはできるにしても、書かれた文そのものに強弱をつけることは難しい。だから文の長さが似通っていると、似通った起伏の文がいくつも並ぶことになる。これが「単調さ」の正体ではないか。そこで、「前後」の幅を大きめにとり、文の長さを変えることで緩急をつけることにした。
ちなみにこの文章であるが、346文字、23文で、一文の字数平均は15.04字(句読点・段落頭以外のスペース含む)。標準偏差3.2。最短8字、最長22字で一文目が最長の文である。各文の長さがわかりやすいように下に一文ずつ改行したものを貼り付ける。
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童貞聖マリア無原罪の御孕りの祝日に酒を盗む。
瓶ごとはダメだ、バレる。
一口だけ飲んであとは忘れよう。
一口だけなら楽しいで終われる。
私だって楽しいで終わりたいよね。
もちろん! と自分に言って蓋を捻る。
瓶に口をつけ、顎を上げる。
液体が歯と舌を超えて喉へと流れ込む。
じゅん、と音がした。
潤いの酒は瞬時に体に吸い込まれる。
唇は瓶の口にくっついている。
舐めるとガラスの味だ。
さあ、唇を離して蓋を閉めよう。
瓶を夫の棚に戻し、水を飲む。
コーヒーを淹れパンを焼きバターをつける。
冷蔵庫で乾いていたサラミを切る。
玉ねぎの薄切りを添えれば目もさめる。
でも私の傍には空の瓶が転がっている。
部屋の中が暗い。
今日が終わりかけている。
コーヒーもパンもバターもない。
サラミも玉ねぎも本当はなかった。
もうすぐ息子が帰ってくる。
参考
杉藤美代子「話し言葉のアクセント、イントネーション、リズムとポーズ」杉藤美代子監修、国広哲弥・廣瀬肇・河野守夫編『アクセント・イントネーション・リズムとポーズ』三省堂、1997、pp.3-20
夏井いつき『絶滅寸前季語辞典』筑摩書房、2010
