《優雅》の葬儀を今日も聴きに行く。谷あいにある葬儀場には握って並べた手対くらいの石がいくつも転がって、その間に風化を待つ人々の体が安置されている。《優雅》は谷の入り口に近い、石のいっぱい転がっている一角だ。そっちの方がみんな聴きやすいから。もうぶよぶよの塊ではなく、《優雅》の内の硬く水分の少ない部分があらわになっている。これが骨。自分たちと全く違う、異星の生き物。
君たちと同じように星に還りたい、というのが《優雅》の希望だった。自分たちととっくに馴染んでいるが曲がりなりにも異星生物で、遺体からの汚染を心配する声もあった。が、それはそもそも、可能性の検討と対策という方向性を持っていて、中規模の合意形成数回で結論がまとまった。《優雅》の持つあらゆる未知の細菌は、《優雅》の体と同様、そもそもこの星の大気を生き残れる作りではない。問題はむしろ《優雅》の体組織、特に有機物がこの星の大気に触れたときに起こる反応だ。だから《優雅》の体は一定の処理を経て葬儀場へと運ばれ、葬儀の間も何度か検査と洗浄をされる。処理といっても大したものではない。《優雅》の住む星でも地域によっては行われている。つまり、有機組織の燃焼処理だ。
「ワオ」
意思が受け入れられほぼ希望通りになりそうだと伝えると、《優雅》はそう言った。これは《優雅》の口癖だ。特に意味はなく、感情が高ぶったときや驚いたときに出やすい。「ワオ」また言った。
「それは……ワオだな。はは、死んでなきゃ君ん家のカーペットにパイのかけらをこぼしに行くんだけど」
《優雅》は横になっている。分離壁の側に作った寝床の上で、分離壁に手を当てながら、体を揺らして笑う。《優雅》の笑い声は途切れ途切れだ。《優雅》は空気を絶えず体内に取り入れて成分を入れ替える。その機能を司る部分が弱っている。
訂正:その機能を司る部分も弱っている。《優雅》はかつてのように立ち上がって飛び跳ねたりくるくる回ったり、手対をひらひらさせたりくだらないことをしゃべったり……はしているが、ぶっ続けでしゃべったりしない。起きてすっ転んだりしないし寝ないで愚かにもならない。ずっと横になっている。
「結構長生きした方だと思うよ」
と《優雅》は言う。しかし《優雅》のくれた機械に記録された最高齢に五十五年足りない。これは地球年。《優雅》と話すとき、《優雅》の単位に合わせて考えるのはもうすっかり癖になっている。それだけあれば子どもたちの成人に間に合うのに。理不尽な願いは言わない代わりに、もう一度念を押す。本当にそれでいいのかと。
「うん」
地球で「星に還る」ことだってできる。そのためになら自分たちは何だってするだろう。
「うーん」
《優雅》は困ったように笑い、首を横に振る。否認。つまり、意思は変わらない。
気が変わったらいつでも、たとえ死ぬ直前でもいいから絶対に言ってほしいと伝える。部屋から出るときに《優雅》が言う。
「僕はもう帰ったんだよ、ロッキー。あのビートルズに乗ってさ、地球に帰ったんだ。それを一番に教えてくれたのは君じゃないか……」
《優雅》の声は小さい。それでも自分たちには聴こえていると《優雅》も今は分かっている。《優雅》たちにすればとても小さな声で、《優雅》は話す。
「だから今度はここへ帰るんだよ、ロッキー」
壁に当てた《優雅》の手の中央を弾く。壁越しに、ゆっくり三回、トン、トン、トン。それは単なる合図だ。ただ肯定を示す。そこに自分がいることを示す。聞いているということを示す曖昧な合図。
《優雅》は晩年、光を受容する機能が衰えた。そして音を受容する機能も。《優雅》たちの老化の一般的な兆候だ。
「だから思いっきり大きな声で言ってくれよ」
《優雅》は壁に手のひらを当てて言った。この時はまだ《優雅》は横になったきりではなく、壁のそばに置いた椅子に座っていた。実は表面でも音を聴くことができるのか、君は? 私たちに似てきたのか? 《優雅》は肩をすくめる。
「音は波だろ。物体の表面を揺らすんだ。僕の表面はぶよぶよで、温度や圧を感知するセンサーが張り巡らされている。だからキセノナイトを揺らす君の声も、そう、聴こえてる。ずっと。まあ、実際ははっきり聴こえてないんだけど、だいたい尋ねられてそうなことを予想してみた。合ってるといいんだけど。どうかな? おい、黙るなよ、相棒。そこにいるんだろ?」
あまりにも大きな声で返事をしたので、向こう三つの集落で子どもたちがひっくり返り、怒られる。《優雅》はひいひい笑いながらモールス信号を教え、自分は覚える。覚えた。覚えたのに。
……《優雅》の葬儀を今日も聴きにいく。《優雅》によれば、《優雅》の生まれた地での葬儀は一日で終わるらしい。文化圏によって差はあるが、大抵儀式は数日以内に終わる。だからこの星での葬儀について初めて聞いたときは大層驚いていた。ここでは全てが風化し、土になるまでずっと葬儀だ。どこに誰を置いたのか、人々は覚えている。体表のヒビも凹みも質感の違いもそのゆっくりとした変化もみんな。だから気ままに訪れて、葬儀を聴く。風化していく死者を聴く。実際には、ある程度まで——およそ三分の一くらい風化すると一旦一区切りとなる。そこまで行くと内部組織まで風化が進み、ヒビから体がばらけてしまう。およそ握って並べた手対くらいの塊になる。そうすると先達に紛れてどれがどれやら分からなくなり、そうなって初めて、その人は星に還る。
《優雅》はまだ葬儀の最中だ。結局内臓と一部の筋組織は《優雅》の意向で検体に供されることになったが、調査と記録が終わり次第、焼却処理をして、灰は骨のそばに撒くことになった。土壌の成分は多少変わるだろう。この星の質量に対して《優雅》一人分。本人にちなんでソルの単位に換算すればおよそ1.812×10の24乗分の1。これは水分を含まない。
《優雅》の形は変わっている。質感も全然違う。だから葬儀はなかなか終わらない。しかしいつかは終わるだろう。
