ねどこシリーズ

診断メーカー「ねどこ」を使ってやっていた即興創作掌編のまとめです。なお診断メーカーの製作者は正井ではありません。

 

ロッカー室で寝る。錆びた欠片。

 
電車が止まってしまったと通知が来る。動くまでの間、ロッカー室で仮眠を取る。最近忙しくて、上手に夜眠れない。寝たり起きたりで眠りが浅い。鼻の奥から時々血の匂いがして、どこかに錆びた鉄片でも入っているみたいだ。それは太古、じゃなくていい、室町とか。古い時代の鉄器のかけらだ。

 

 

夜行バスで寝る。巻き戻すボタン。

 
いいバスにしたからキャノピーを閉めれば光も漏れない。イヤホンをして、私は帰省先で撮ったムービーを繰り返し繰り返し見ている。お兄ちゃんと姪っ子と義理の妹と、お母さんとお父さんが楽しそうにしている。私はそこにいなくて、撮影しているから当たり前なのだけど、そのことになぜか安心する。

 

 

木陰で寝る。舌の先痺れてる。

 
誰ともしゃべりたくない。そういう日もある。キウイを食べたらまだ熟れてなくて舌がぴりぴりする。キウイのせいにして私は黙り込む。フルーツに八つ当たりしてる子、みたいに微笑ましがられる。不機嫌な顔をしていられるのは私が幸せな家の子供だからだ。窓から見える木の影がベッドに落ちている。

 

 

屋台で寝る。忘れかけてる。

 
夏はずっと続く。夏の間にしか出ていなかった屋台もずっと出るようになった。暑いから、夕方から学校に行きたい、と言ったら、でも朝の方が涼しいでしょうと言われて、学校もずっとある。帰る時がしんどいのに。ヨーヨー屋台の影に入って昼寝をする。どんどん忘れていく冬のことは夢でだけ思い出す。

 

 

浅瀬で寝る。細長い影。

 
貝になって浅瀬で寝る。暗い夜も明るい夜も、砂の中に埋もれて眠る。貝にだって目はある。明るさや、ある程度色も感じる。天球全体がほんのりと闇から濃紺へと色づくような明るい夜を横切って何かが飛ぶ。そこだけが真っ黒く、細長い影になっている。何がいるのだろう? 人間に戻ろうか、私は迷う。

 

 

銭湯で寝る。指に傷。

 
雨が降っている。強い雨だ。ほんの少し汗を流すつもりだった。せっかくだし広いお風呂で、と思ったら帰れなくなってしまった。雨雲レーダーによれば一時間以内に止むだろうけれど、今見る雨はまるで止まる気配がない。このまま降り続いたらここで一晩を過ごすしかない。夏でよかった。指に藤椅子の棘。
 

 

空き家で寝る。銀色のまつげ。

 
ここはお化けが出る。知っている。今も家の外を叫び声を上げながらぐるぐると歩き回っている。家の中にも出るらしい。夜中に目が覚めて、寝返りを打ったら、大きな目が私を見下ろしていた。まばたくと銀色のまつ毛がばさばさと揺れる。雪山にいたのかしら、でもそれにしては人工的な銀色。消える。

 

 

背中で寝る。全部かすれてる。

 
象の背中で寝る。龍かもしれないし、ネズミかもしれない。やらないといけないことをすぐに忘れてしまうから、必要なものは全部手に書いてある。でも今はかすれてる。水性ペンだっけ? 忘れちゃいけないことも忘れた方がいいことも、たぶん石鹸の泡に溶けてしまった。私は象の背中に乗って遠くへ行く。

 

 

屋根裏で寝る。透明のインク。

 
そこは私の部屋で、書斎で、遊び場で、私そのものだった。小さい頃のおもちゃが入った箱以外、屋根裏には何もない。私は上着を着て、そこに寝転んで、天井や壁に物語を書き記す。子ウサギに関する短い話や物心ついた時から書いている勇敢なうみへびの話。それは私にだけしか読めない、秘密の話だ。
 

 

歩道橋で寝る。鼻の短いゾウ。

 
象は鼻が長い。でもこの象は短い。夢を見ているみたい。歩道橋の上から道路を見下ろすと、走る車はみんな鼻の短い象みたいに見える。灰色の川を渡る色とりどりの象。ああ、でも渡るのではないのだ。この象たちはあっちからこっちへ渡るのではなしに、川をひたすらぐるぐると泳ぐ。短い鼻を突き出して。

 

 

舞台裏で寝る。古い香水。

 
とある劇作家の、とても長い舞台だった。休憩はないけど劇場は出入り自由で途中で居眠りしてもいい。役者も疲れたら入れ替わったり、セリフや出番を飛ばして休む。休憩場所は舞台裏で、香水の匂いが染み付いている。脚本がだんだん崩壊していく舞台を見ながら、なんだか人生みたいだと思う。

 

 

試着室で寝る。ワニといっしょ。

 
この世は危険でいっぱいで、だからワニくらいいる。試着室にだっている。でも本当はワニは、床に描かれたトリックアートで、それを見て尻餅をついた私のほうが、おかしい。それは洒落たジョークの類で、クスッと笑うのが正解なんだ。だけど私は、驚き疲れて、このまま丸まって寝てしまいたいと思う。

 

 

エレベーターで寝る。宇宙船のかたち。

 
少し前、っていうか何十年も前に流行った「近未来」の形のエレベーター。ガラスのチューブにアルミの銀色、周りを飾る透明の電球は切れていてほとんどつかなくなっている。夜中に見ると周り全部は暗い中にそこだけ灯りがついていて、スーッと上るとどこまでも上がって行きそうなのに、止まってしまう。

 

 

橋の上で寝る。忘れかけてる。

 
橋を渡ると向こう岸のことは忘れてしまう。それは死者の国に纏わる故郷のいい伝えであったが、長じて故郷を出てからも、橋を渡るたび私は何かを忘れているといういい知れぬ不安を感じた。今、橋の上で私の乗るバスは止まっている。雪のせいで少しずつしか動かない。私はゆっくりと、何かを忘れていく。

 

 

ビデオ屋で寝る。穴の空いたドア。

 
今はそうじゃない。昔はビデオ屋だったけど、今はたたんでいる。ビデオもほとんどないけど陳列棚だけ残っている。店の奥で寝ていると、閉めたはずの入り口のドアにぐにゃーんと穴が開く。穴からは、そこだけ切り取られたような、真っ黒い、影のような生き物が出てくる(入ってくる?)。
(勤務日誌(抄)。夜に店を開けていると影のようなものが入ってくる。お客の間を歩いている。お客さんも何人か見たという。監視カメラを確認すると、お化けがいる。おそろしいお化け。それを見た時に、どうやら脳が見た記憶を編集しているようだ。監視カメラの映像は粗いから逆に見えてしまった。)

 

 

果樹園で寝る。色の少ない映画。

 
ここは昔果樹園だった。土はまだ栄養を含んで苦い。果樹は全て切り倒され、今は何もない土地が広がる。車で走っても何日もかかる。何日めかの夜、カーテレビで映画を見ながら眠る。今日は映画の日だからねってララが言う。日付なんかもう意味がないのに。小さなテレビは壊れてて色が所々抜けている。

 

 

小舟で寝る。大丈夫。

 
部屋を真っ暗にする。BGMは波の音だ。体の力を抜いて、小舟で揺られる自分を想像するといいと言われた。そしたら眠れる。ここは小舟ではないし、遮光カーテンを引いても隙間から街灯の光が入って来る。今日は特に明るい。ゆわーんみたいな変な音もする。体が建物ごと浮く。でも大丈夫、きっと眠れる。

 

 

風呂で寝る。わからない。

 
お風呂でうっかりと寝てしまう。次に起きたときは、真っ暗になっている。停電があったみたい。温いものに包まれて、どこまでが私でどこまでかお湯かわからない。自然と浮かせた腕は、体から離れているけれどまだお湯の中だ。そんなことをしているとまた眠ってしまう。また起きる。まだ暗い。

 

 

木陰で寝る。もうひとつ閉じる目。

 
家に帰る前に昼寝の時間が来てしまう。道で寝るのはよろしくない。公園の木陰に移動する。カバンを枕に、ショールを掛け布団にして横になる。時間が来ると急速に眠くなる。葉の間から、私の監視衛星が私を見つめている。単なるモード切り替えだけど、機械の目が瞬くのは、私に昼寝を促してるみたい。

 

 

礼拝堂で寝る。走る子ども。

 
礼拝堂でよければお泊めできます、と案内されたのは普通の民家の一室だった。●時以降は必ず寝て下さい。眠れなくても布団に入って下さい。主人は言う。子らの鬼にされます。え? その夜、子供が部屋を走り回る。死に物狂いで、泣きながら。それにしてもあの部屋はなぜ礼拝堂と呼ばれていたのだろう。

 

 

待合室で寝る。ずたずたの毛布。

 
船を待つ間待合室で寝る。何か持って来ればよかったのだけど、置いて来てしまったから、眠るくらいしかない。眠れば夢を見る。楽しいのも怖いのも全て夢は夢だ。起きると私の船はまだ来ていなくて、仕方なく寝る。町を出る日に渡された毛布はもうぼろぼろになっているのに、まだ船は来ない。

 

 

ライブハウスで寝る。いきものの匂い。

 
ここは昔森だった。だから静かな夜には生き物たちの気配がする。今はライブハウスになっているけれど、ライブのない夜は、音に驚いて息を潜めていた生き物たちが帰ってくる。物おじしないのは鳩だろう。それに、キノコ。彼らは音楽が鳴っている間も逃げないで、客の足元で、かつての森を再現している。

 

 

ドームで寝る。へんな星の色。

 
ドームの屋根を通して見ると、夜空は全部へんな色になる。虹色の渦うずは消えて真っ黒だし、星はたいてい青白いか白いか、赤いのもあるけどとにかくへん。先生はそれが本当の色だと言う。私が見ているのはにせもの? って聞いたら、「昔人間たちが見ていたとされる色が『本当』の定義です」だって。

 

 

雪原で寝る。透明のインク。

 
透明なインクを(それは水ではないの?)雪の上にこぼしてしまう。雪にじわじわとインクが染みていく上から雪が降ってインクを覆い隠す。ここは雪原の真ん中の家で、雪が全ての音を吸う。私が言う寝言も(どちらにしろ私は聞くことができない)聞こえない。

 

 

温室で寝る。古い香水。

 
温室は古い香水瓶みたいな形をしている。中に生えているのは、この辺りでは珍しい外国の花で、香りと形が美しくなるよう、強くなるよう改良を重ねたものだ。誰かの靴底にくっついてやってきたらしい、小さな野の花も咲いていて、それも他の花と同じように、「!摘まないで下さい!」の柵の内側にある。

 

 

裏路地で寝る。全部忘れる。

 
夢は脳による記憶の整理であるといい、であれば獏は記憶を食べているのである。裏路地に面した窓を開けると夜中に獏が来て夢を食う。裏路地には野良獏がたくさん住み着いている。そこで寝ると、獏が全部食べるから、全部忘れる、という。自分の名前も、思い出も、細胞に記憶された自分の輪郭も。

 

 

動物園で寝る。サーカスの曲。

 
時間内に案内センターに辿り着けなかった迷子は動物園に取り残される。毎日閉園時間きっかりに門が閉まり、それ以後は人間は出入りできない。私は寝床としてキリン舎の前のベンチを選ぶ。もうキリンは家に帰っている。「キリン」の表示のある運動場には何もいない。遠くからサーカスの音楽が聞こえる。

 
 

ブランコで寝る。小さな地響き。

 
夜眠る夢の中でブランコを漕ぐ。それがあんまり気持ちいいので、起きて公園に行ってブランコを漕ぐ。まだ夜明け前の誰もいない公園が上に下に揺れる。遠くから地響きが聞こえる。何かがざわめく音。嫌なものが来る音。ブランコはもう地面と水平になるくらい高く上がる。地平線から何かが起き上がる。

 

 

ドームで寝る。表紙のない雑誌。

 
毛布と布団と枕を組み合わせて鎌倉形にする。この小さなドームの外の、どの空気にも今は触れたくない。足を縮めてお腹を下にして寝そべる。何度も読んだ雑誌は、さっき布団に入った時に表紙が取れてしまった。お気に入りの短編は、いつもと同じように私を迎えてくれる。読むたびに変わるのは私の方だ。

 

 

博物館で寝る。犬の寝言。

 
番犬たちは昼眠り、夜は博物館の番をする。夕方、来館者が帰る頃、地下では眠りの浅くなった犬たちが、ふわふわと何かを喋っている。朝日にしか当たったことのない犬の首元は、獣と穀物の入り混じったような匂いがする。わふわふ、ふわふわ、口元を舐めると犬は目覚めて立ち上がり、夜の番へ向かう。
 

 

図書室で寝る。気持ちいい。

 
うちの学校は「眠れる図書室」だ。図書室の一角に枕とソファとタオルケットがあって、眠くなったらうたた寝できる。寝具は持ち込みも可。机で寝るより健全だし、本に涎を垂らされる心配もない。今日も眠れるコーナーには先客がおのおのの場所で眠っている。私も眠る。このままどこにも行きたくない。

 

 

喫茶店で寝る。溶けあう。

 
喫茶店でパフェを注文する。果物、クリーム、アイス、少しずつ食べたところで急に眠くなる。でもパフェは食べたいし、半分うとうとしながらパフェを食べる。うたたねの夢の中でも私はパフェを食べていて、夢のパフェと、現実のパフェは、喫茶店のきつい冷房のなかでも端から解けるように、溶け合う。

 

 

屋上で寝る。遠い警告音。

 
大学の屋上で寝る。古い研究設備があって、立入禁止の屋上のうちそこだけ入れるようになっている。ので屋上というか屋上にある小屋だ。場所を変えればいいと思っていたがここも研究室と同じで窓があって天井があって気詰まりだ。遠くから甲高い金属音がする。前新人類期の遺物との噂だが定かではない。

 
 

水上バスで寝る。小さな地響き。

 
水上バスは数時間をかけて川を下り海へ行く。最初は面白いと思っていた景色も、岸壁・岸壁・岸壁たまに民家、みたいなのが三周も続けば飽きてくる。乗客は少なくて、一人に一つずつロングシートがある塩梅で、私たち見知らぬもの同士は、めいめいにロングシートに横になる。エンジンの唸りが頬に響く。

 

 

プラネタリウムで寝る。ちいさな花ばかり。

 
もう誰も来なくなってしまったプラネタリウムは、でもまだ閉園の手続きをしていなくて、書類の上では(残っていればだが)営業中だ。手入れがされないから屋根がやぶれて土が入り、雑草が生えている。雑草には私の爪くらいの小さな花ばかりが咲く。寒いからだろうか、植物は大きくならない。

 

 

貯蔵庫で寝る。影と目があう。

 
貯蔵庫にはしばしば侵入者が出る。だから交代で宿直役をしている。とはいえいるだけでいいのだ。中に入れても、そこにあるものを盗めるわけではない。宿直用のベッドはふかふかで、それなのにしばしば目が覚める。すると侵入者と目が合う。質量も厚みもない影のような存在。時間を無くした人間たちと。

 
 

広場で寝る。りんごの色が変になる。

 
広場の真ん中のリンゴの木に実がなっている。私はリンゴのそばで眠りたい。リンゴ、エチレンガス、生物の時間に習ったね。でも、ここにリンゴなんて生えていただろうか。リンゴの花には香りがある。一度も花の香りなんて、——リンゴはいつの間にか黒ずんでいる。腐った? 違う、置き換わっている。

 

 

屋上で寝る。コンセント抜けてる。

 
屋上は夜でも明るい。でも今日は暗い。屋上のネオンサインのコンセントが抜けているからだ。ネオンサインにコンセント? って感じだけど、あるんだ。さっき見つけて抜いた。すべすべしていて冷たかった。今日はきっと、よく眠れるだろうね、と眠った翌朝、寝坊したのにまだ世界は明るくならない。

 

 

馬車で寝る。月が見えない。

 
月のない夜は暗い。真っ暗闇だ。夜通し旅するには夜行馬が必要だ。夜行馬は飼い葉を必要としない。私たちの夢を食べる。鮮やかな夢を見られるように、眠る前には悪夢を見るというチーズを食べる。周り中皆寝静まっているのに私だけ眠れない。それとももう夢なのか? 四肢も脳も溶けていくような暗闇、
 

 

テントで寝る。解きかけた暗号。

 
旅のテントの、土が剥き出しの床に並べる、地図に手紙、記録媒体、暗号メモ。暗号は解きかけで止まっている。もう何晩が過ぎた? 暗号を解いて答えが出れば、いつか旅は終わってしまう。旅が終われば帰らなければならない。きっと変わってしまった故郷をそのままにしておきたくて、永遠の旅を続ける。

 

 

夜行バスで寝る。さよならのつづき。

 
夜行バスで帰るとさっき言った「さよなら」がずっと引き伸ばされているように思う。よく寝られないし、飛行機や新幹線みたいにひとっ飛びじゃないから、一晩中、うとうとしては起きて、その度にバスは道路の上を走っている。さよなら、って言ってからここまで、道はずっと繋がっている。

 

 

ブルーシートの上で寝る。もう読まない本。

 
今日は無理市場の日だから芝生にブルーシートを出して無理を売る。どうせ誰も買わないのでただ寝転んでぼんやりしている。本を持って来ればよかったな、と思うけれどどうせ読まない。そのくせ頭の中ではページをめくっている。子供の時に好きだった絵本。何度も読んだ少女小説。国語の教科書。

 

 

楽園で寝る。かわいくないコップ。

 
最後にはきっと楽園に辿り着くのだ、と思っている。楽園がどんなものか知らないし、最後がいつかも知らない。私は旅をしているようなものだ(ここからずっと動いていないとしても!)。ここは楽園とは言い難い。狭くて物が多くて隙間風が寒い。愛用のコップは可愛くない。私はここにいて、ここで寝る。

 

 

空港で寝る。ふたのない蛍光ペン。

 
ふたをなくしてしまった蛍光ペンであちこちをなぞっている。蛍光ペンは大事などころをなぞる。私にとって大事なもの、犬とか友達の腕とか暖かい窓辺。おばあちゃんの家も大事だ。今は売りに出しているけど、なぞりに行かなくちゃ、って空港まで来て、たどり着くまでにペンが乾いてしまうことに気づく。

 

 

おふとんで寝る。虹が出る。

 
おふとんは布団とは別で、生き物だ。生きているから暖かい。表面はすべすべした毛が生えていて、間に挟まって体重を預けると、ドクドクと血管が脈打つのが背中とかお尻とか胸とかお腹に伝わる。脈音に安心するのはおふとんも同じらしい。明け方おふとんはおしっこをする。運がいいと虹が見える。
 

 

トランクで寝る。非通知着信。

 
なぜそんなところにいるのかって、あたしにも分からない。目が覚めたばっかりなんだ。寝転んでる床はくさい。ガソリンの臭い。ガタガタ揺れる。ガソリンは分かるのに、これまでの記憶が全然なくて、私はたった今生まれたっていうか、始まったばかりなんじゃないかって思ってあなたに電話をかけてる。

 

 

雪原で寝る。ワニといっしょ。

 
寒い寒いと思っていたから夢にまで見たのだろうか? 私は雪原の真ん中にいて、雪の上に横たわっている。でもこれは夢ってことを知っている。本当は家の中にいる。家族がいて、暖房の壊れた家。でも共に眠る人のいない家。私はワニのぬいぐるみを抱きしめる。雪原には誰もいなくて、私はそれが嬉しい。

 

 

中庭で寝る。ぜんぶ光る信号。

 
緊急時のしおりの指示に沿って毛布と携帯食料を準備する。食欲はないけど、胃に何か入れなければ眠れない。信号機が全部点灯するのは「そこから動いてはいけない」の合図だ。あまりにも深い夜が訪れる日、街は全ての明かりを点けて対抗する。それでも夜は隙間から入ってくる。人は眠りの中に逃げ込む。

 

 

空き部屋で寝る。最後の使い捨てカメラ。

 
正確にはまだ空き家じゃない。明日から空き家になる。今日はまだ、私がいるから私の家だ。でも私と寝袋とインスタントのご飯以外何もない。いや、ある、使い捨てカメラ。さっき隅から未開封のが出てきた。封を切ってこの家を写せばいいのかもしれないけど、もったいなくて、カメラを掌に乗せている。

 

 

空き家で寝る。ずたずたの毛布。

 
空き家の中にいくつもいくつも毛布が落ちている。皆ずたずたに引き裂かれている。なんじゃこりゃと思いつつ、ましなのを選んで包まった。夜、巨大な犬が来て毛布で遊ぶ。噛みついて振り回し、鳴きながら鼻面を突っ込む。夢だと思ったが目覚めると自分は毛布に変じている。空家の中ではましな毛布だ。

 

 

ソファーで寝る。古い香水。

 
ソファーで眠ると香りだけの幽霊がやってくる。うとうとしていると、甘い香りがふっと鼻先をかすめる。顔にほんのり冷たい空気が吹きつけてくるから、気のせいじゃない。ひょっとしたら、ソファーだと眠りが浅いから気づくだけなのかもしれない。寝静まった夜、家中を香りだけの幽霊が歩き回っている。

 
 

カプセルで寝る。あたらしい靴下。

 
小指の先くらいの小さなカプセルの中に、ぎゅっと丸まって入る。実際の私はもっと大きくて、ぜんぜんかさばるんだけど、部屋を真っ暗にすると、それくらい小さくなったみたいに錯覚できる。明日起きたら、真新しい靴下をおろして外に出よう。それまでは取るに足りない小ささでいよう。

 

 

図書室で寝る。使わない切符。

 
本当はあと二回、帰れるはずだった。私のいた家、妹たち、過去、それら全てのあった地球、あと二回だけなら深刻な影響は出ないと言われていた。でも、次に帰ったら? 「あと一回、次が最後」なんて考えながら妹たちとおしゃべりをしてしまう。妹の描いた私の絵。紙のドキュメント。撫でながら寝る。

 

 

電波塔で寝る。雪の止まない森。

 
私は鳥です。鳥ですから電波塔の上に巣を作りそこで寝ます。かつては森の木で眠っていました。しかし、今は森にはずっと雪が降っています。ある肌寒い朝、私がほんの少し外に出て虫を追いかけている間に、森はすっかり真っ白になっていました。それ以来、私の森は電波塔で、森は冬になったのでした。

 
 

水族館で寝る。近づいてくる。

 
水がたくさんあるからここなら大丈夫だと思った。館長さんに事情を話して、働く代わりに寝起きの場所を確保した。でも、だめだったみたい。私を焼くための黄泉の炎はすぐそばに来ていて、夜、窓から覗くと駐車場で青く揺らめいている。救いは私以外を焼かないことで、アロワナも鰯もラッコも皆元気。

 

 

竹藪で寝る。欠けた食器。

 
竹やぶに倒れ臥すともう私は動けない日が暮れて冬が終わり竹の葉が私の体に降り積もる私は土に埋もれて竹の根と同化する地中を縦横に走る竹の根は私の目であり耳であり皮膚であり舌であり地中で起こる全てのことを私は知る伏したまま朽ちた目の前には割れた茶碗がありかつてここには家があったのだ。

 

 

バイパスで寝る。うるさい。

 
体は家で眠ってる。魂は抜け出しててくてくとあてどない旅をしている。魂だからひゅうっと行きたいところに行ければいいのに、魂は律儀に歩いている。たぶん行きたいところがないからだね。あるいは行きたい場所に行く手段がわからないからだ。車の途切れないバイパスを歩きながら、私の体はまだ眠い。
 

 

ドームで寝る。コンセント抜けてる。

 
夜になったら眠りのためのドームに入る。ドームに枕を並べてみんなで眠る。覗き窓から外を見ると、生成装置のコンセントが抜けていて、明日の世界は作られないまま私たちは枕を並べてたわいもないおしゃべりをしたり眠くなった人から眠りながら途方もない夜を過ごしている。

 

 

中庭で寝る。ふたのない蛍光ペン。

 
天気がいい日は中庭で昼寝をする。体操服を詰めたナップサックが枕がわりで、それを抱きしめて座ったまま寝る。隣に座った三嶋さんが教科書に線を引いてる。そんな先まで予習するの? って聞いたらペンの蓋なくしちゃったからなるべくインクを使いきりたいって、そんな話をしていたらチャイムが鳴る。

 

 

ブルーシートの上で寝る。走る子ども。

 
河原でバーベキューをするので朝から車を出してグリルを組み立てて肉を焼いて野菜を焼いて野菜も食べなよ!、でお昼過ぎにはもう眠い。地面に敷いたブルーシートの上でうとうとする。背中に石が当たって寝づらい上に、周りを子供がぐるぐる走ってる。何してるの? と聞いたらぎしき、と答える。儀式。
 

 

スタジオで寝る。ほつれた毛布。

 
かつて数々のスターが、女王になり、探偵になり、悪漢になり、怪盗になっていたスタジオを今日の宿にする。演技という嘘、フィクションという嘘を必要としなくなった現在、ここは廃墟だ。毛布に包まって目を閉じると明るいライトの幻影が目蓋に見えるが、女王や悪漢は、影のような囁きすら聞こえない。

 

 

物置で寝る。傾いたテトラポッド。

 
私の一族はものが捨てられない質で、物置には代々のがらくたが詰まっている。それでいて誰も顧みない。物置には知らないうちに絶対に入らない量が詰め込まれている。がらくたを踏んで奥へと行くと、淀んだ潮の生臭いにおいがする。私たちが海で生まれた記憶がそこに詰め込まれ、忘れられている。

 

 

森で寝る。かさぶた。

 
逃げて逃げて逃げて疲れ切った先で眠る。という設定でベッドに倒れこむ。森の香りのアロマがまだ残っている。目を閉じると森が目に浮かぶ、ことはなく、ただいい匂いだなあと思う。生きてるだけでお金がかかるから私はどこへも逃げられず、枕の下に手を入れると布に擦れて指のかさぶたが剥がれる。

 

 

地下室で寝る。風の音。

 
地下室で寝ているのに風の音がする。外じゃなくて中だ。地面の下だ。床に耳をつけると、石の感触の向こうに吹きすさぶ風の音が聞こえる。地底の国は地上とは何もかも逆さまなのだと、父がかつて教えてくれた。昼と夜は逆転し、人々は夜に生きる。地底の風が強い日、地上は凪だ。だから父は帰らない。

 

 

跡地で寝る。コーヒーの染み。

 
私たちが暮らした場所の、過ごした土地の、その跡地で今日は寝る。もう何もかもなかったけれど、テントと寝袋をくれたから。一緒に寝てくれるのは姉一人で、あとの皆んなは船に残った。私と姉は、一度も行けなかった喫茶店の跡地にテントを張った。地面からはコーヒーの匂いがする。行きたかったね。

 

 

ベランダで寝る。水の匂い。

 
狭いけど風通しがいいのがこの部屋のいいとこで、天気のいい日はベランダでビールを飲みつつ本を読んだり動画を見たり。そのままうとうとしてしまうのだけど、そういう時は水の匂いがつーんとする。水というかプールの匂い。中学校の水泳の授業で溺れかけた時に耳に入った水がまだ抜けないのだと思う。

 

 

本屋で寝る。消えない。

 
本屋のバイト中、ものすごく眠くなることがあって、私だけかと思っていたら皆そうだと言う。「あるよね」「あるある」と言いながら、ちらちらと目線を走らせる。それで私は、そうだったと思う。眠くなるんじゃなくて認識したくないんだ。それはたぶん棚の間のどこかにいて、ここからは見えないだけだ。

 

 

吊橋で寝る。とうめいの夢。

 
吊橋で寝る夢を見る。というより吊橋になる夢を見る。普段は寝付が悪いのだが、年に数回、枕に頭を置いた瞬間に眠り、掛け布団が伸び、その下の私の体も伸びて吊橋になる。その上を誰かが歩く。人の時もあるし獣の時もある。時々会話が聞こえるが言葉がわからない。人も獣も私に気づかずに対岸に渡る。

 

 

密林で寝る。遠くなる。

 
密林みたいな濃い緑色の葉っぱの模様のシーツを買う。それに換えて、寝て、起きたら、部屋が少し広くなっている。ちょっとだけ苦労して玄関に行き出勤する。次の日からも寝るたびに部屋は広くなり、玄関は遠くなる。何もない部屋だけど、明かりを消した時だけシーツから森の匂いがする。

 

 

プラネタリウムで寝る。跡が残る。

 
プラネタリウム、いつも寝てしまうけど、今日は起きていた。たぶん。たぶんね、と言う。信じるよ、とあなたは言う。目の表面にはプラネタリウムで見ていた星の跡が残っていて、目を閉じるとゆっくりと尾を引いて動く。明日には無くなってしまう。明日にならなくても、泣いたら流れてしまう。
 

 

ガレージで寝る。非通知着信。

 
門の閉まる音がした。あーあ。今日もガレージ寝だ。ここは機械とか工具とか硬いものばかりで、毛布みたいな柔らかいものはない。腕を枕の代わりにして隅で寝る。床には凹みができてて、私の前にもここで寝た人がたくさんいたんだろう。携帯に着信があって、たぶん門の向こうからだと思うけど無視する。

 

 

背中で寝る。音楽がかかってる。

 
犬の背中で寝ると日向に暖められた毛皮の匂いがする。象の背中で寝ると音楽が聞こえる。この象が昔いたサーカスは常に音楽があった。しょっちゅう誰かが歌ってて、クラウンはアコーディオン練習、本番のマーチ。その音が皮膚に染み込んだと言われている。でも私は、この音は作詞作曲・象だと思うんだ。

 

 

果樹園で寝る。髪を撫でられている。

 
家を追い出された時は裏手の果樹園に行って寝た。昔はよくあったのだ。果樹の根元はほかほかと暖かかった。暖かければ暖かいほど甘い実をつける。根っこを枕にしていると誰かが頭を撫でる。ずっと母だと思っていたけれど、違うよと言われた。窓から見てみな。私は窓に額をつけて、目の周りを手で囲う。

 

 

ゲレンデで寝る。吠えない犬。

 
夏、雪がなくなったスキー場はどうなっているのだろうと思っていたのだが、キャンプ場になっていた。昼間のテントは暑くて五分と中にいられないが、夜は長袖の上着でも肌寒い。目を閉じて毛布を体に巻きつけ直すと、テントの中に犬の気配が生まれる。犬は私の背にぴったりとくっついて、丸まって寝る。

 

 

試着室で寝る。鍵がない。

 
鍵をなくしてしまったから帰れない。私は誰もいなくなったデパートの試着室の床で丸くなる。隣の雑貨屋から借りたラグがすべすべして気持ちいい。髪がカーテンの下からこぼれ出ないようにフードを被る。寝る前に、鞄と服のすべてのポケットを改める。鍵はない。嫌いって捨てた服の中にあったのかな。

 

 

夜行バスで寝る。満月。

 
どこでも寝られるから夜行バスも余裕。でも今日は、全然眠れなくて、目を閉じたり開けたりしている。トイレ休憩の時間、いつもはぱらぱら降りるのに結構たくさんの人が降りてるから、あれ、と思ったら、皆眠れないのだと言う。時間通りに出発した夜行バスの中では、寝れないね、ってため息が満ちてる。

 

 

水槽で寝る。曲がった鍵。

 
私は水の上で生まれた。航海中に母が産気づき、そのまま私が地上に出てきた。だから私は水が好きで、でもその中にずっとは住めない。代わりにベッドの横に水槽を置いた。右側を下にして寝ると、水のゆらめきが視界いっぱいに広がる。私は水を眺めながら、背骨と膝を曲げた姿勢で眠る。

 

 

理科室で寝る。靴がない。

 
昨日は夜中までラジオを聞いていてその上体育の後だった。理科室で私は思いっきり寝ていて、しかも班の連中はだあれも起こさなかった。で、「あれ?」起きたら誰もいない。教室にもいない。他のクラスにも外の道路にも。そのうち私は靴をなくしていることに気づく。どうせ見つからないから靴下を脱ぐ。

 

 

クローゼットで寝る。跡が残る。

 
クローゼットの中で縮こまる。怖い話を聞いた日の夜だったから、寝室はあまりにも空白が多すぎる気がしたのだ。クローゼットの中は私のお気に入りのものしかない。コート、スカート、ブラウスにオフシーズンの帽子。ハンガーにかかった衣服の下で横になる。翌朝はほっぺに床の跡がつくだろう。

 

 

動物園で寝る。テレビの音がする。

 
当選おめでとうございますの葉書を持って動物園へ行く。動物園に泊まれる日、私は新しくパジャマを買った。真新しいパジャマで毛布を受け取り、シロクマの前に行く。液晶画面の向こうではシロクマが雪原を歩いている。地球の動物園には本物がいるらしい。本物って、何だろ、うまく想像できないな。

 
 

橋の上で寝る。吠えない犬。

 
ゼロのつく日は橋の上で寝る。我が家ではそうすることになっている。でも最近はさすがに難しいから、ベッドと寝室の扉の間にバスタオルを敷いて、それを橋ってことにしている。床で寝ると、普段はいない犬がトコトコやってくる。私の頭の匂いを嗅いで、横で丸まって寝る。翌朝はいなくなっている。

 

 

中庭で寝る。誰か泣いてる。

 
中庭で猫が鳴いている。この時期は赤ちゃんの泣き声みたいな声で猫が一斉に鳴く。だから私が泣いてもわからないんじゃないか、と思ってワアアと泣く。猫はオス同士が出会ったようで、大げんかをしている。ギャアアという声はライオンだったら吠え声になる。私ももっと大きかったら怪獣の吠え声になる。

 

 

ロッカー室で寝る。流線型の傷。

 
私のお腹にはブーメランみたいなナイキのロゴみたいな傷がある。おでこだったらかっこよかったかな。私についてるならどこにあってもかっこ悪いかもな。こういう考え方は本当はよくない。でも心がブレーキをかける。もういい大人なのに、私の心は十二歳のまま、更衣室で鏡を眺めてため息をついている。

 

 

空き家で寝る。風船飛んでいった。

 
昔は空き家じゃなかった。私の家だった。今は住む人がいない。中にあった家具もみんな運び出して、壁紙に四角い跡がついている。私の部屋だった場所は先に取り壊されて、ドアを開けると外だ。敷居に腰掛けてぼうぼう伸びた雑草に足を埋めて寝転ぶ。黄色い風船がぷわ、と飛ぶ。子供の泣く声が聞こえる。

 

 

窪みで寝る。だれもいない。

 
家の隅っこに柱と箪笥のせいでできた窪みがあって、消えたい気持ちの時はそこにすっぽりはまっている。目を閉じると私は消える。私の知らないところで玄関が開き、誰かが入って来る。エコバッグがかさかさ鳴るけど私は聞かない。「あれ、よーちゃん今日はいないね」そうだ。この家は今、誰もいない。

 

 

待合室で寝る。途切れる。

 
旅の途中で時間切れになって、待合室で一晩を過ごす。でも眠ってはいけない。眠るのは電車とかバスの移動中だ。私は腕を組んだり座り直したりするけれど、うとうとしてしまう。すると犬たちがやって来て、待合室の扉をかりかりひっかく。私の意識が途切れたら、犬たちは中に入り、私を毛皮の中に包む。

 

 

屋根で寝る。季節はずれの花。

 
密閉から逃れて屋根に登る。屋根と言っても三角屋根じゃなくて屋上だから眠りやすい。寝袋はないからダウンコートを着込んで毛布を体に巻きつける。屋上にはたくさん、家の中に入りきらなかった思い出の残骸が置かれてる。器、壊れた棚、小学校でもらった賞状にくっついた花のキラキラシールが光る。

 

 

枯野で寝る。靴がない。

 
旅に病んで、だっけ。でも私は旅に出たことがない。遠くへ行こうとしたことならある。というか、今がそう。ある日の朝起きたら、遠くへ行かなくちゃ、という気持ちになって、荷物をまとめて外に出た。旅はいつか帰るものだ。私は帰らない。靴は履き潰した。いつか月へ渡れる気がする。

 

 

映画館で寝る。鼻の短いゾウ。

 
オールナイトは最近見なくなったけれどここならある。ここ、夢の中なら。私はいつも夢を映画館で見る。明晰夢の一種らしい。ポップコーンにコーラにm&m’sがお供だ。隣には鼻の短いぞう。バク? あの白黒の腹巻してるみたいの? 違くて本当に鼻の短いぞうなの。あいつは時々チョコをつまみ食いする。

 

 

二段ベッドで寝る。灰皿。

 
二段ベッドの上は姉で下は私。でもその日は私が上で寝る。姉は絶対に下りてきちゃだめ、と言う。布団かぶって、寝たふりしてて。おんおんおんとうなり声。知らないよ、起きちゃうから静かにして、と姉が言う。アルミの灰皿が飛んで来て姉の足に当たる。中身が散らばる。怪獣がうなる。

 

 

コインランドリーで寝る。冷えていく。

 
洗濯が終わるまで仮眠をする。今日は乾燥もやるから時間がかかる。本を持ってきたけど、開いた瞬間に寝そう。コートを毛布の代わりにして、待合の椅子の上で座ったまま寝る。「えっ、何で」誰かが電話してる。「何で。嫌。嫌だよ」今日は寒波が来る。洗濯槽が回るたび、外の温度が0.1度ずつ下がる。

 

 

基地で寝る。錆びたハサミ。

 
寝る前には発信機をオンにする。発信機は簡単なメッセージを示す信号を出せてそこそこ遠くに届くが、今日まで「そこそこ」の範囲に船がいたことはなかった。寝床に横になると机の下に錆びたハサミが落ちているのに気づく。刃先がこっちを向いている。そんなはずないのにきっと目に刺さると思う。

 

 

非常階段で寝る。手を繋いでもらってる。

 
階段の方は風が強いよと言われたけどそうでもない。家の中の方が大嵐だ。非常階段から見る街の夜は、街灯だけ点いて中途半端に明るいのが間が抜けている。「お待たせえ」ときみが隣に座って手を繋ぐ。正月の残りだけど、ときみが持って来た日本酒の小さな瓶を回し飲みするけど一口でいいや、ってなる。

 

 

空き部屋で寝る。さくらんぼ転がってる。

 
親と喧嘩して空き部屋に閉じこもる。一人部屋がいいと言ったらわがままって言われたけどここに部屋が空いてる。部屋の中にはタンスがあって電気はつかない。スマホの光で照らすと部屋の真ん中にさくらんぼが落ちている。つやつやのさくらんぼは芽吹いて大きくなって実をつけて枯れ、一つだけ実が残る。

 

 

中庭で寝る。だれもいない。

 
家族が全員出払っているので、中庭にテントと毛布と寝袋を出す。外は曇っていて夜ふけ過ぎから雪が降るらしい。魔法瓶を置いてきてしまって、体の中からだんだん冷えていく。近くにコンビニがあればよかった。家の中には花とぬいぐるみも置いている。誰もいない家で誰かがぬいぐるみに話しかける。

 

 

古本屋で寝る。音楽がかかってる。

 
幸子さんの古本屋の番をする。番と言っても夜はシャッターを下ろすし寝てていいよと言われたのだけど、音楽が聴こえて眠れない。ラジオがつけっぱなしなんだろうか、とお店の方に降りて探してみる。音を頼りに探してみるけど、ラジオはないし、音源は動いていて、結局一晩中、オーケストラの音を聞く。

 

 

本屋で寝る。しずか。

 
寝れる本屋というホテルに泊まる。本棚の後ろにベッドがあって好きな本を持ち込める。写真集と昔好きだった小説を見つけて持ち込む。ホテルは人の気配というか物音がない。お手洗いにも行ったけど誰にも会わない。もしかして私だけ? と思ってたら翌朝の洗面所には何人も女の子がいて顔を洗っている。

 

 

ビデオ屋で寝る。片目を開く猫。

 
バイト先は夜中だけの営業のビデオ屋で、お客さんはあんまり来ない。店長の飼い猫がカウンターの上でのびのび寝ている。気高い猫で、決して毛皮を触らせないが人間のすることはよく観察している。うとうとしていると、猫がふと体を起こして片目だけ開く。そしてまた閉じる。カチ、と音がして月が傾く。

 

 

古本屋で寝る。ネオン切れてる。

 
幸子さんが入院するので、幸子さんの古本屋の番をする。幸子さんは私の叔母だが叔母さんとは呼ばない。営業は昼から夜の八時まで、夜中は開けないけど、表の戸をとすとす叩く音がする。開けると真っ暗だった。斜め向かいにスナックがあって、ネオン看板があるはずなのに消えてる。誰かが私の鼻を触る。

 

 

小舟で寝る。サーカスの曲。

 
庭に置きっぱなしになっている小舟に、ポットと、アウトドアランプと、本と毛布を持ち込む。家の中はシチューに入れた牛乳の膜とか煮崩れた人参とかの甘い匂いに満ちていて息苦しい。この町にやって来たサーカスのテーマが遠くから聞こえる。小舟はかつて海がやって来た時の名残だ。客の多い町なのだ。
 

 

浅瀬で寝る。すごい風。

 
今日は風が強くてきっと顔を出したら気持ちいいよと言われて、寝床をいつもの海藻原ではなくて浅瀬の岩場にする。岩場には波の花が流れ着いていて、顔を出すと死んだ藻虫の、むちむちと肌にまとわりつく臭いがしている。風が当たった額がひび割れそうだ。しばらくは風が肌を乾燥させるままにしておく。

 

 

コピー室で寝る。割れた種。

 
床にたくさん落ちているコピー用紙は温かい。紙はいつもほんのりと外気温よりも暖かい気がする。コピー用紙には図形やグラフや文章が書かれていて、いずれも歪んだり縦縞が入ったりしている。遠くから見るとどれも意味がなくてばらまいた種みたいだ。どうせ使わないから靴で踏んでいる、一晩中。

 

 

水槽で寝る。みんな帰った。

 
教室の隅には水槽があってメダカがいる。私が五年生になるずっと前から五年二組の教室に置いてあって私が六年生になってもそこにある。教室を最後に出た人は電気を消さなきゃならないけど、メダカのぶくぶくは消したらいけない。寝る時にお腹がぶくぶく言う。目を閉じると私はぶくぶくの隣で寝ている。

 

 

礼拝堂で寝る。となりに熊。

 
礼拝堂は暖かい。昔は寒かったらしいけど今は暖房が効いている。座って休んでいると、だんだんと眠くなってくる。隣には熊が座っていて何か一心にお祈りをしている。熊は大きくて、私の肩や頰に、呼吸のたびに毛が当たる。毛はゴワゴワで臭い。熊のお祈りが終わる前に、私は立ち上がり歩き出す。

 

 

甲板で寝る。鳥の目が開いている。

 
見張り当番なので甲板で寝る。見張り台の下に体を結びつけ、毛布にくるまる。私が眠って三秒後に見張り台のフクロウの目が開く。見張り台から見える海は静かだ。今日は風も穏やかで、よく晴れているから星が見える。そっと近づく幽霊船の影を見落としてしまうから、星空を見るのはほどほどに。

 

 

小舟で寝る。溶けた電池。

 
湖に小舟を出す。湖には主がいて不届きものは食べられてしまうが私はただ月夜の晩に舟を漕いでいるだけ、大丈夫。湖の真ん中で、舟の底に横になる。星には5秒くらいで飽きて、文庫本を懐中電灯の明かりで読んでいると突然切れる。懐中電灯の中で電池は溶けていて、主がやったのかなと思う。

 

 

図書室で寝る。斜めの信号機。

 
図書室は黴くさくて、体によくないのは分かっていたけれど、どうせ帰れないのならここで寝たい。外からは風がびゅうびゅうと吹く音がして、雨が窓を叩いている。カーテンを開けると水滴で信号機の光がにじんでいる。緑、黄色、赤、順番に。古い本はチョコレートみたいなにおいだけど食べられない。

 

 

ビニールハウスで寝る。ウサギの子ども。

 
ビニールハウスの中にはいつも野菜があるんだと思ってた。今は季節じゃないから何もないんだって。土も乾いて白っぽけた色で、砂場と同じにおいがする。目を閉じると昨日夢で出てきた子うさぎが跳ねている。野菜があればきっとここで跳ね回っただろうに。子うさぎは目蓋の闇にすっと溶けていなくなる。

 

 

公園で寝る。笑い声。

 
走って走って走って歩いて疲れ果てたので、立ち止まった先で見つけた公園で寝る。たくさん人がいる、広くて賑やかな公園だ。真昼間から寝るのは気持ちいい、と芝生に寝転んでいたらあっという間に日が落ちて夜になる。ついでなので寝続けることにする。公園の人波は途切れず、あちこちで笑い声がする。

 

 

植物園で寝る。ネオン切れてる。

 
どこもかしこも寒いので、植物園の温室を借りてみんなで寝ることになった。毛布とか寝袋を持ち込んで通路に並べる。温室はガラス張りで外の光が入って来る。「あそこの看板ネオン切れてる」「マジだ」飛ぶ鳩の羽が欠けてそこで休んでるみたい。通路に並んだみんなのモコモコ靴下のつま先にも似てる。
 

 

トランクで寝る。煙草の空箱。

 
誰にも会いたくなくて車のトランクに入る。車はもう何日も誰も使っていないから多分大丈夫、だし、もし誰かが使っても、私は絶対に声をあげたりしないから見つからない。煙草の空き箱、ふにゃふにゃのじゃなくてボール紙のやつの中にグミとかキャンディとかを入れて家の鍵も入れてそれだけ持って入る。

 

 

書庫で寝る。泣いてない。

 
書庫番をするとすすり泣きが聞こえることがある。読まれない本が泣いているのだと言うが違うと思う。全ての本はこれから読まれる本だし、本は存在するだけで完璧だから(じゃあ、あそこで泣いているのは誰、というか、何なんだろう)。書誌カードの整理が終わったら、寝床へ持って行く本を一冊選ぼう。

 

 

礼拝堂で寝る。待ってる。

 
礼拝堂の椅子の間に隠れていたら、日が落ちて鍵がかけられてしまう。普段眠る時間ではないので全然眠れなくて、硬い椅子の上で目だけ閉じていると、礼拝堂の壁の向こうでずーん、ずーんという音がする。古代の生き物は人の目の効かない夜にしか存在できない。人類の目が全て潰れる日を待っている。

 

 

廊下で寝る。誰もみていない。

 
普通に寝坊した。遅れますって連絡を入れる。ほぼ自動化された習慣でコーヒー飲みながら化粧をして電車に乗って会社に行く。会社のロビーにはやたらふかふかのソファがあってあそこで寝たら気持ちいいだろうな。遅れましたすみません、と言いながら魂だけを廊下のソファに飛ばして寝かせてあげる。

 

 

屋根で寝る。跡が残る。

 
寝入り端は体温が上がる。だから布団なんか被っていられなくて、部屋の中も寝苦しくて屋根に上がる。屋根の上は不安定で少し斜めになっていて、屋根板の出っ張りに上手く引っかかるように丸まって寝ていると中心部の体温がいよいよ高くなって翌朝、屋根が丸く溶けて凹みができている。

 

 

待合室で寝る。溶けた電池。

 
「もう、あかん」と待合室の椅子に座る。背もたれにもたれた途端にうとうとする。「おい寝んな。起きろ」「いやや。無理。電池切れた」お腹側に抱えたリュックは自分の体温で温もっていて心地いい。「寝るな。ほら電池やる」と口に何かを押し込まれる。ボタン電池みたいな形のラムネが口の中で溶ける。

 

 

電波塔で寝る。三角の飛ぶ夢。

 
スカイフィッシュ観測のため電波塔で一週間寝起きする。観測機に反応はあるのだが個体記録が作成できるほど近くまで来ない。私を警戒していると考えるのは人間の悪い癖でそもそも彼らにそうした動物的反応があるのかすら不明である。観測機を睨む視界の端に何かが飛ぶのも、だから、一種の夢である。

 

 

博物館で寝る。冷えていく。

 
ものの保存に丁度いい温度というのがあり、博物館はずっと20度前後に保たれている。でも寝袋を敷いて床に寝るとひんやりしていて、それは外があまりにも寒いから寒気が地面を伝わっているのだという。今日は大寒波が来ていてどこも雪が降ってる。凍りついて動かない地球の中でここだけが明日を迎える。

 

 

駅で寝る。全部忘れる。

 
どうせ遅刻だからいいや、と思って駅の待合室で寝る。待合室にはストーブが焚かれていて誰かが持ち込んだみかんが「ご自由に」って置いてある。ちょうどいいや、と思ってみかんを剥きながら何で私はここにいるんかなあと思う。こんな場所知らない。こんな駅知らない。おみかんはおいしい。

 

 

体育館で寝る。笑い声。

 
体育館のピアノの下に隠れていたら、誰にも見つからずに夜が来た。私は透明になったんだ。あははと笑う。仰向けになってピアノの底を眺める。ピアノは黒くてつやつやなのに、底だけはむき出しの木目の板だ。私はずっとここに寝転んで、合唱を笑い声で邪魔してやろう。そう思っていたのに翌朝見つかる。

 

 

駄菓子屋で寝る。パトカーのサイレン。

 
こんなの夢みたい、と言いながら布団に潜り込む。「夢?」「お菓子に囲まれて寝るの」「駄菓子だよ」「だから最高なんじゃん」スルメとかガムとかの瓶の乗った清算台の奥の四畳半に今日は入って、布団を敷いて寝る。駄菓子の匂いが奥の部屋まで漂う。そのせいか夜、お菓子の家に強盗に行く夢を見る。

 

 

コインランドリーで寝る。爪がのびてる。

 
洗濯機の故障を理由に部屋を出る。服が洗濯機の中でぐるぐる回っている間、コインランドリーの椅子に座ってうとうとする。このままずっとぐるぐるしてないかな。私は帰れなくて、ここで暮らすことにならないかな。洗濯機はうるさいけど両親の怒鳴り声より全然ましで、でも、ここには爪切りがない。

 

 

パーティーで寝る。雨の音がする。

 
三日三晩。七日七晩だったかも、遊び倒した最後の夜だったから仕方なかった。部屋いっぱいにいた人が一人ずつ減って、大きな部屋だからあっちとこっちでは視線も絡まない。最後の二人になった時に私達しかいないしって靴を脱いで、そしたら眠くなって、――今、私は一人だ。君は雨の中を帰って行ったの?

 

 

ソファーで寝る。錆びた欠片。

 
いつの間にかソファーの上で眠っている。毛布越しにお腹の上にクッションを乗せていて、それを抱きかかえている。変な姿勢で寝たから喉がカラカラで、伸びをした途端に咳き込んでしまう。錆びついた欠片が喉の奥から飛び出して床を転がる。掃除しなくちゃ、と思うけれど起き上がるのが面倒くさい。

 

 

果樹園で寝る。魚の跳ねる音。

 
たわわに実をつけた果樹園の真ん中で寝る。本当は部外者はダメなんだけど君はがんばったからね、とアルバイトだけど寝袋を貸してもらって寝られることになる。目を閉じると涼しい空気がまぶたに当たる。ぴちょん、と魚の跳ねる音がするのは果樹に降った雨の前世の海だったころの記憶だという。

 

 

日溜まりで寝る。ねじが外れてる。

 
疲れてしまったのでその場でしゃがみ込む。でもそれだと邪魔になるからよいしょと日溜りに移動してしばらく休む。丸めた背中が温かくなる。まるでそこに大きな生き物がいるみたい。大きな生き物は十分に暖まった私を咥えて背中に乗せ、のしのしと道路を歩く。家でもいいけど違う場所に行きたい。

 

 

遺跡で寝る。風の音。

 
ここは遺跡。魔法使いの女王様が治めていた砂漠の都の、図書館のなれのはて。風を避けて石壁の影にねどこを作る。壁には古代の文字の知の誓い、見上げれば星。……という夢を、うつらうつらする中で見ている。熱はまだ下がらない。締め切っているはずの部屋のどこかで乾いた風の音がする。

 

 

夜行バスで寝る。すごい風。

 
こんなご時世だから夜行バスではマスクは絶対で窓も細く開けられている。私たち乗客はマフラーを巻いたりもこもこの上着を着たり、着ぶくれて眠る。夜を走ると窓の隙間からびゅんびゅん風が吹き込んでくる。風といっしょに夜の鳥も入って来て、ゴン、と向かいの窓にぶつかって足元に溜まってゆく。

 

 

カーテンの中で寝る。つめたい。

 
この季節は困ります。だんだん寒くなっていくけれど冬になり切っていない。あの凍てつく冬に向けて私の体の中で炎が燃えるけれど、夜、それは寝苦しくて。毛布も布団も、剥いでしまいます。それでも眠れない時には、カーテンと窓の間に入って横になる。窓の外の星々は私の熱を吸い取って冴え冴え光る。

 

 

交番で寝る。笑い声。

 
本当はダメだけど、特別だからね。夜明け前に起きて、ここを出るんだよ。と言う約束をして交番に寝かせてもらう。奥の部屋に布団が敷いてあって、疲れていたので服のまま入る。うとうとしているとはははははー、と笑い声が頭上を通過する。目を開けてはいけない、と約束したのを思い出す。
いや、したのか? ばんばん、と扉を叩く音がする。開けて開けて。でも布団から出てはいけない。それも約束だった。電話が鳴るけど出てはいけない。校歌のピアノ伴奏が聞こえるけれども歌ってはいけない。何かが起こるたびに新しい約束を思い出す。ところで、ここは本当に交番なのだろうか。

 

 

ハンモックで寝る。ちいさな花ばかり。

 
後少ししたら寒くなってしまうから、ハンモックを外の木にくくりつけてそこで寝る。私の上には小さな花ばかりがちらちらと降り積もる。左側の側頭部と耳、肩、おっぱい、膝頭、足指の先、落ちて来た花々の間から私が見える。隠れ切る前に花は朽ちて、いつまで寝ても私の体は一向に隠れない。

 

 

終電で寝る。灰皿。

 
あんたは初めてなんだねとその人は言った。私より五つほど年上だろうか。「この線で寝過ごすと誰も起こしてくれないんだ」終電だと電車ごと車庫に入れられて、そこで一晩過ごす。私も彼女も。煙草いい、と言われて頷くとがらくたの山から灰皿を引っ張り出す。明日は線路を歩いて始発駅まで一緒に行く。

 

 

非常階段で寝る。あくびの涙。

 
眠くても職場で寝る場所はないので、少し席を外してコンビニへ行こう、と思ったのだけれど陳列棚にずらっと並んだ商品を想像するだけで喉が詰まってしまって玄関まで行ったのに敷地の外には出ずに非常階段を上る。息切れするところまで登ったら段差に腰を下ろす。あくびをすると目尻が風で冷たくなる。

 

 

始発で寝る。歪んだめがね。

 
会社に行くみんなが朝起きる時に私はそろそろと眠くなる。夜は基本眠れないので散歩をする。歩きすぎると家に帰るのに電車に乗らなければならず、始発電車の、まだ誰も乗っていないのにくたびれた匂いのする座席に座って数分、眠る。私の眠りはそれで十分なのだ。私は見守る者で、見届ける者だから。

 

 

交番で寝る。とうめいの夢。

 
道に迷って交番に行くと、今は外に行かない方がいいよと引き止められる。どうして? 寒いから。少し暖まってから行くといいよ。私は交番のストーブに当たってしばらく過ごす。体の端からぐわーっとあったまって、ほんとに凍えてたんだと気づく。君はまるで氷みたいだった。透明の氷みたいだった。

 

 

中庭で寝る。途切れる。

 
昼寝をするとなんだか一日がどこかで途切れてしまうみたい。と、工藤さんに言ったらわたしも、と工藤さん。でもせっかくの時間だから寝ますよね。ね、と私たちは枕と昼寝マットを中庭に持っていく。人気スポットだけど今日はちょっと寒いからか人が少ない。昼寝の時間です、とアナウンス。それに音楽。

 

 

倉庫で寝る。非通知着信。

 
倉庫で寝るとかかってくる。非通知は出ないけど、これだけは出る。いつも違う人の声で同じ話をする、「むかしむかし、あるところに、見えない鳥の卵を持った子供がいました……」見えないのは鳥? それとも卵? 見えないのにどうしてあるってわかるんだろう。すると手のひらがほんの少し、重くなる。

 

 

跡地で寝る。いらなくなる。

 
窪地で寝る。半分埋まった何かを掘り出したように、他の土地よりも低く、底にはたくさんの草が生えている。地理に詳しい人によれば、こういう土地は前の人類の作ったロボというものが置いてあった跡だという。どうして置いていったんだろう。いらなくなったのだろうか。置いてどこへいったのだろうか。

 

 

小舟で寝る。録音。

 
庭の池に水を張って小舟を浮かべる。池は小さくて、舟も小さくて、私は体を丸めて眠る。この池は海につながっている、と祖母が言っていた。私は水に水中マイクを沈めて録音機に繋ぐ。遠い海にいるという人魚の歌が聞こえないかと。私が昔池に落ちて聞いたあの音が夢ではないと確かめたくて。

 

 

秘書室で寝る。鳥の目が開いている。

 
かつてはタイプライターと電話があった。今はパソコンが一台だけ。電話はない。電話は絶滅して、今は鳥がその代わりをしている。だけど鳥も滅多に鳴かなくて、私はとっても退屈だ。ほんの少しってうとうとしていたら、夢の中で鳥が鳴く。目を覚ますと、机の横の鳥の目が開いている。いつも開いている。

 

 

アトリエで寝る。潰れた苺。

 
芸術家のアトリエだった。あるいは芸術家志望の。だだっ広くて何もない部屋だった。絵の具のしみ一つなかった。暖房は効きにくい。閉め切っていると画材の匂いが、したり? どうかな。土のような粘っこい匂いはする。まだ何もない部屋の真ん中で、引越祝いのイチゴを潰す。マグカップはある。牛乳も。

 

 

夜行バスで寝る。踏切の音。

 
踏切の音で目が覚める。高速道路に乗っていたはずなのに、踏切の音がする。何人かちらほら起き始めている。「すみません」と運転士さんが言う。「高速道路は閉鎖されていて、迂回中です」その間にも踏切の音。なかなか電車が来ない。「違いますよ。通過中なんです。もうすぐ春ですからね」

 

 

夜行バスで寝る。似合わないピアス。

 
何それ。あんまりだよね、そういうの。もっと控えめな方がかわいいよ、使いやすいし。とめちゃくちゃ気に入っているピアスに対してそんなことを言われたのでそいつとは縁を切った、りできたらよかったんだけど、愛想笑いをした私ごと夜行バスに乗せて遠くへ行くのを想像する。耳元でピアスが揺れる。

 

 

机の下で寝る。アイスクリーム色の爪。

 
地震が来る。かもよ、今じゃなくてもいつかは、と子供の頃からずっと言われてきたからか、時々机の下で寝る。でも子供の頃の避難訓練と違ってずっと大きい、一枚板の机の下にベッドから剥がしたマットレスを敷いて、寝そべって、手だけを出して爪を塗る。今日はストロベリーアイスの色。

 

 

放送室で寝る。舌の先痺れてる。

 
年のせいかな、一日話すと舌の先がびりびりする。口の中を噛んだかも。今日の館内放送、うまくできただろうか。読み上げの原稿を覚えているのは私一人だ。博物館にやってきているはずのお客さんに向けて、収蔵品の解説と注意事項を放送する。もう何年、何十年? 明日も仕事だ。おやすみなさい。

 

 

非常階段で寝る。まだあたたかい。

 
今日は暑かったから、非常階段はまだあたたかい。さっきお湯を飲んだから、お腹のなかはまだあたたかい。君はまだ寝ていなくて、しかもさっき大笑いしたばっかりだったから、もたれかかる君の体はまだあたたかい。あたたかいうちに寝る。夜明けの前はとても寒くなるから、今寝てしまう。明日のために。

 

 

ラーメン屋で寝る。三角の飛ぶ夢。

 
私の生まれた町では、夜遅くまで開いているのはコンビニではなくラーメン屋だった。その店は大抵夜の七時か八時に開き、午前二時ごろに閉まる。昔ここに風力発電所があった名残だ。日が落ちてから日付が変わる頃にかけて、三角形のかまいたち達が飛ぶ。通り道に置いた風車は今は折れている。

 

 

駐車場で寝る。わかってた。

 
駐車場に車を停めてそのまま寝る。わかってた。寄り道をしてはだめ。わかってた。本当はいつも用心しなければならない。わかってた。君はコーヒーが嫌い。なのに私はティーバッグのストックを切らす。時計を見なくても時間がわかるのが私の特技で、もうすぐ夜明けで、いつかは帰れるってわかってる。

 

 

花壇で寝る。開かない窓。

 
シーツを変えた。絵の具で描いた花の模様が一面に散っている。パキッとした色で、昼間に見ると賑やかすぎるね、って言われるような。夜はいつも部屋を真っ暗にして眠る。暗闇の中で寝返りをうつと花の匂いがする。それとも夢なのかもしれない。朝、夢の名残を逃さないように、窓は閉め切っている。

 

 

古本屋で寝る。ウサギの子ども。

 
みんな寝ている。古本屋の本は、新刊書店のと違って一休みしているみたいに見える。ページを固く閉じて眠っている。だけど時々不眠症の本がいて、棚の隅からため息が聞こえる。本は人と違って羊の代わりに子うさぎを数える。古本屋の片隅で、子うさぎが一匹、一匹、生まれては消える。

 

 

ビニールハウスで寝る。片目を開く猫。

 
ビニールハウス守は仕事内容の割に給料が良くて割のいい仕事だ。その名の通りビニールハウスを守る。暖かいし、夜が明るいから道に迷った人がここを頼る。仕事は主に維持管理と待つこと。朝起きて夜寝る規則正しき人には向かないが、そうでないならうってつけだ。万一うとうとしても、猫がいる。猫は片目ずつ眠る。

 

 

ライブハウスで寝る。ねじが外れてる。

 
君はネジの形のアクセサリーをつけてきた。単なる飾りだった。ライブハウスへは遊びではなく仕事で来た。泊まりがけになるからと寝袋も持ってきた。寝袋にもネジがついている。これ、飾り? あれ、と君がいう。こんなのついてたっけ。寝袋に包まると君は十秒で寝る。寝息が聞こえるたびにネジが緩む。朝には外れてる。

 

 

博物館で寝る。時計がとまってる。

 
博物館の時計が止まる。全ての時計が一斉に止まる。メインホールの壁掛け時計、白い文字盤に数字と針だけのシンプルな時計。あれがカチッと止まった瞬間、係長の腕時計も私のスマートウォッチも皆止まる。ちょうど五時、閉館時間だ。もうそんな時期だっけ。係長が時計の電池を換え、時間はしばしの眠りから目を覚ます。

 

 

屋上で寝る。ポケットに電池。

 
ボールプール、親子で座れるベンチ、観覧車のかご。デパートの屋上に横になれる場所はたくさんある。機械の骨組みに偽物の皮を被せた動物達は、本当はコインで動くけれど、この万能電池を使えば何でも動くと言われた。私は使わないでパンダの上で寝る。パンダは私を乗せたまま屋上を出て空を駆ける。電池、入れてないのに。

 

 

台所で寝る。ひかるトカゲ。

 
夏が近づくと時々台所で寝る。ここが一番ひんやりしている。猫は家の一番快適な場所を選ぶというが、猫がいればきっと一緒に並んで寝たはず。台所の床にぺたりとほっぺたをくっつけて、暗い壁を見ていると、ぼうっと幽霊みたいなひかるトカゲが現れる。たぶんほんとに幽霊だ。トカゲは私の行くどこにでも現れる。

 

 

密林で寝る。煙のかたち。

 
密林で寝る。ほんとは密林じゃない。YouTubeの「【環境音/ASMR】ジャングル・大自然の中でリラックス【睡眠にも】」を明かりを消した部屋に流してそれっぽいアロマを焚いている。本物のジャングルには行ったことがない。樹海には行った。暗い部屋にもやもや、煙がヒョウの形になってせせら笑う。生意気な。

 

 

果樹園で寝る。明るい。

 
夏至の日は果樹園で寝る。この日落ちる果実は全て神様への捧げ物であり、その意思表示として木とともに人が寝る習慣であった。寝る人は果樹園の関係者であれば誰でもよく、若く体力のある私が選ばれた。夜中、滅多にそんなことはないのに目を覚ますと果樹園が明るい。満点の星月夜を反射して、つやつや、果実が光っている。

 

 

川縁で寝る。宇宙船のかたち。

 
遡上した人魚たちは夜、川縁で眠る。人魚というのは地球人類による呼び名で、ヒトともサカナとも違う、この惑星の固有種である。この星で川は全てのものが生じ全てのものが還る場所で、ここで起こった全てを何らかの形で記憶または表現しており、河原の石様の物質には一つ、地球人類の乗ってきた宇宙船の形がある。

 

 

日溜まりで寝る。録音。

 
日溜まりがある。団地の裏手の、日当たりの良い南側の斜面の中ほどは窪地になっていて日がこんこん、そそぎこむ。録音装置を置いておく。日の流れ込む音を記録する。こんこん、こんこん、注ぎ込む音を、暗い夜に持っていく。月の裏側はいつも夜だ。暗く寒い場所に行く人に持たせて、われわれの、夜を貫くよすがにする。

 

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