イワン・フョードロヴィチは気に入ったものがあるとずっとそればかりを食べ続ける。それだからここ最近の朝食はいつもオムレツだ。多分明日も卵が手に入る限りはそうだろう。なければないで、貴族のお坊ちゃんのわりに自活していた時期があったからか、粗食でも不満を言うことはなく、夕食は具の少ないスープと硬いパンでも淡々と口に運んでいる。
とは言え、このままでは卵で破産してしまう、とスメルジャコフは、ボウルに卵を二つ割り入れながら思う。あの家にいた頃は庭で鶏を飼っていたから、卵などわざわざ買うものではなかった。ここでは何でも売られている。というより、金で買わなければ何も手に入れられない。
フォークを使ってボウルの卵をほぐす。牛乳は入れない。焼く時にバターをたっぷり使う。イワン・フョードロヴィチの好みである。手際よく混ぜると白身がなめらかに卵液に消えていく。塩をひとつまみ落として卵液に味をつけ、バターを溶かしたフライパンに流し込んで焼く。毎朝同じ個数、同じ手順で卵をほぐし続けて、いずれ半分寝ながらでも作業できそうだ。
焼き上がったオムレツと温めたパンをイワン・フョードロヴィチの前に運び、今度は自分の分を作る。ボウルに卵を割り入れる。イワンと同じ分量の卵。ぴったり同じ量の塩をつまみ入れ、卵が均一の色になるまで混ぜ続ける。バターだけは控えめで、これは好みというより節約根性だ。くだらないと思いつつやめられない。
本当は死ぬはずだった。食べるはずのなかった卵が割られて、溶かされるはずのなかったバターが鍋の中で溶けていく。焼きあがるはずのなかったオムレツは、くるくる巻かれてレモン型に固まる。皿に移す時に少し破れて、スメルジャコフは舌打ちをする。ひっくり返すのも負けた気がして自分に腹が立つ。
古くなったパンをかじりながら、自分の皿をイワン・フョードロヴィチの前へ運ぶ。イワンの皿はあらかた片付いている。パンをちぎって口に運ぶイワンの向かいに座り、オムレツを真ん中から崩す。破れたところを見られたくなかった。味はいつも通り、これを毎朝なんて、飽きないのかこの人は?
ふとイワン・フョードロヴィチが、三十になったら「盃を地面に叩きつける」と言っていたのを思い出す。それまでに、自分達は一体何個の卵を食べるのだろう。あるいはイワンも、食べるはずのなかった卵を食べるのだろうか。その日はまだまだ先のようでいて、もうすぐそこに来ているような気もした。
鶏卵を割ればわるだけ生き延びてゆくのはやさしさかしらん春暁 かかり真魚