ある昼下がり、イワンは病院に兄を訪ねに行った。よく晴れた冬の日で、厚着した子供達が顔を真っ赤にして通りを走っている。兄の病室の前には見張りが立っていた。先日の裁判で兄は有罪となり、シベリアでの二十年の労役が確定していた。兄は判決の出た直後に熱病で倒れ、しばらく寝込んでいた。
兄の罪は父親に対する強盗殺人だった。事件後に見つかった時、兄は庭の隅でしくしく泣いていたらしい。愛する女性は恋人の元へ行き、自分には父殺しという汚名だけが残った。最初兄は激しく興奮してモークロエへ向かおうとしていたが、事件を知った人々が兄を追いかけたところ、モークロエへ向かう途中の道で引き返す途中の御者を見つけた。彼によれば、兄は突然叫び出して馬車を止めさせ、どこかへ消えてしまった、と言う。その場で人々が集まり、大規模な捜索隊が組まれた。ひょっとしたらもう、と誰もが思った兄は、事件の翌朝、いつの間にか庭の隅の切り株に座り込んでいた。夜の間から庭は当然何度も探されていたし、いつから彼がそこにいたのか、どうやって来たのか、本人にもわからなかった。自首しようとしたのか、あるいは自殺か、何か死に物狂いであちこち駆け回って、結局どちらも果たせずに疲れ切って泣いていた。
殺人については、兄は初めからそれを認めていて、ただ父親が彼を「からかって、頭の中をめちゃくちゃにしてしまった」ことを、何か大きな罪であるかのように繰り返し述べていた。それに金銭のことを。彼は、父親が自分に当然支払われるべき母親の財産を、誤魔化して騙し取り、我が物にしたと主張していた。彼が父から受け取っていた小遣い(と言うにはいささか額が大きいが)については、それは当然受け取るべきものの一部だったし、第一父親の財は自分の母の遺産が元になっているのだから、もっと受け取るべきものがあるはずだと言って譲らなかった。それはおそらく、未だ半分しか見つからず、また兄自身は盗んでいないと主張している、父の三千ルーブリの行方に関して、観衆と陪審員の、兄に対する心証をより悪い方向に印象付けただろう。
イワンは証言者の一人として兄の裁判に出席しながら、疲労と苛立ちが蓄積していくのを感じた。裁判はただの手続きだった。徒労で、形式的なものに過ぎなかった。最初は熱っぽく傍聴していた観衆も、一人、また一人といなくなって、最後は寂しいものだった。兄とその弁護士と判事だけが、大汗をかきながらしゃべっていた。夜中まで続いた裁判で、最後まで残らねばならなかった陪審員たちは兄をシベリア流刑に決めたが、それも兄の言動のためというよりは、この町で「息子が父を手にかける」という恐ろしい出来事があったのを、刑罰によって雪ぐのだと言った趣があった。
ただ、裁判自体は、ドミートリイに何がしかの感銘を与えたらしかった。裁判の前は、絶えず怒り、興奮しては父親への憎悪を所構わず口にしていたのが、熱病から目が覚めた今は、どことなく用心深げで、何かたびたび考え込んでは泣いているようだった。
「なあ、イワン」とドミートリイは目を腫らして言うのだ。「俺はあの人を苦しめたな! 俺も苦しめられたけど……イワン、あの人はお前のところにいるのか? ああ、答えなくていいよ! そしたらお前まで憎まなければならなくなってしまうもの。そんなの寂しいじゃないか。ここは寂しいが、監獄は賑やかだろうな。どこにも悪い奴らがいて、見張られてるんだから、息つく暇もないよ……。ああ、俺の人生はめちゃくちゃだったよな。どうしてこうなったんだろう? あ、鳥だ! こんな季節に! 俺はあの鳥やお前と違ってどこかで止まれやしないんだ、どん底に行き着くまで! 全部自分の手でめちゃくちゃにしてしまう、いつもそうなんだ、カーチャもグルーシェンカも、俺のことを最後まで愛してくれないのは、俺が飲んだくれの放蕩者だからじゃない、俺が自分からまっさかさまに泥の中に飛び込むからさ! 同情はしてくれる、ほんの束の間は愛してくれるし、許してくれるかもしれない。だけど最後まで愛してはくれないんだ。俺だって讃歌は歌う、詩も口ずさむ、一番どん底の恥辱の中でだってこの世を愛してる……! 今もさ! 俺は最後の最後でやっぱり自分を滅ぼし損ねたんだ。いっそ虫けらだったらと思うのに、やっぱりこの苦痛を愛しているんだ」
そう言うとドミートリイは泣きながらぞっとするような笑みを浮かべた。
「これが俺だ、俺なんだよ……! 俺は雲の上からここへ飛び込んだんだ。自分の力で! イワン、シベリアはここよりも寒いだろうな? 鎖に繋がれて、頭を剃られて、凍えながら硫黄の臭いのする穴の中で鶴嘴をふるうんだ。俺は覚えてるよ。親父の頭にあの杵を、運命の杵を振り下ろしたのをさ。あんなもの持って行くつもりじゃなかったんだ。だけど、本当は自分でそうしたのかな……。ああ、親父! あんたは俺を苦しめたな! ひどく苦しめたんだ! 親父のことは憎いよ、今も憎んでる。殺したいくらいにな。だけど、何も本当に殺されることはなかったんだ……俺は変なことを言っているよな。だけど心からそう思うんだ。たった一振りだった! あの時、あの瞬間、俺も親父も何もかもから見放されていたんだ……。今も見放されているのかもしれない。あの夜、俺はどこをどう歩いたのかさっぱり分からないんだ。ただ暗い道を歩いていたよ。何も見えなくて、きっとこの先もずっとこうなんだ、一人で暗い道を行くことになるんだと思ったんだ。だけど俺は讃歌を歌うよ。シベリアでも俺は生きていたいんだ、どん底で生を祝福したいんだよ……! ああ、父さん! 哀れな人! なあ、イワン、俺に祈りは許されるだろうか? 憎んで殺した相手のために祈ることは、俺に許されているだろうか?
イワン、俺が小さい時に、親父に抱かれた記憶があるんだって言ったら信じるか? わかるさ、その時俺は三歳かそこらだったから信じられないよな。だが覚えてるんだ。俺は親父に抱かれて窓の外を見てた。窓の外に白樺の木があって、その向こうに門が見えるだろう。あの窓から、親父に抱かれて外を見てたんだ。ああ、イワン、俺はお前も苦しめているな……」
手を父親の血で汚しながら、それでもひどく悲しむ兄の姿を見ながら、イワンは慄然としていた。兄が恐ろしいのではなかった。父が死んだと聞いた時に、驚愕すると同時に安堵した自分をまざまざと思い出したのだった。兄が犯人として捕まったという連絡もその時聞いていたはずだ。もちろんあんな父親だったから、死んだと聞いて感情が動かないこともあろう、だが、荷造りをしながら、自分は何を考えていた? 父に抱かれた記憶は彼にもあり、ドミートリイの話を聞くまでもなく、幼い頃の出来事の一つとして記憶していたが、それは彼にとって何の意味も持たないということに、今この瞬間思い至った。
イワン、と呼ばれて彼は弾かれたように立ち上がった。予定があると言ってドミートリイの病室を出る。体が小さく震えて、めまいがした。家に帰らなければ。そうしてアリョーシャに会わなければ。何か確認しなければならないという焦りが足を急がせる。だが、イワン自身、アリョーシャに何を尋ねればいいのか分からなかった。あるいは彼の前に立てば問いがわかるかもしれない。イワンはなぜかそのことを確信していたし、その確信にすがって雪の道を歩いていた。
その頃アレクセイ・カラマーゾフは、年下の友人たちと共にイリヤ・スネギリョフの葬儀に出席していた。アレクセイはモスクワへ行くことを決心していた。この町は彼にとってすでに過去だった。彼は二十歳の、体力に恵まれた青年で、未来があった。彼はまだモスクワ行きを誰にも話しておらず、年下の友人たちが最初にそれを聞いた。
そして、パーヴェル・フョードロヴィチ・スメルジャコフは、新しい主人であるイワンの夕食のために、鶏を一羽、絞め殺していた。