新陳代謝

「変えるのが面倒」
「気に入ってるし」
「まだ使える」
と大学でも使い続けてきたリュックにもついに終わりが来た。ファスナーが壊れて閉まらない。背負って歩くと中身がバラバラとこぼれ落ちる。さすがのマイケル・メルも観念して、クローゼットに仕舞い込んでいたリュックを引っ張り出す。
 真っ白なビニール生地の、母さんが一昨年くれた新しいリュックに、古いリュックからバッヂを外してぷすぷす刺していく。ほとんどリッチがくれたやつだ。RIENDSの落書きを見るたびに気まずい顔をしているのでお決まりの言い訳を繰り返していたら、せめてこれだけでも、とジャラジャラ色んなバッヂをくれた。リュックはちょっと重くなったけど、当て付けみたいになっているのも嫌だし、バッヂは案外悪くなくて、新しいリュックに付け直すくらいには気に入っている。いくつかは自分で増やした。ジェレミーがくれたやつもある。
 バッヂを全部付け終えるとリュックはこないだまで仕舞い込まれていたと思えないくらい、マイケルのものみたいに見える。ジェレミーが見たら何て言う? 「あ、ついに変えたんだ。いいんじゃね。それでさ……」で終わり。ジェレミーはBOYFの落書きのあるリュックはすぐ新しいのに替えて捨てた。まだ使ってるの? と尋ねられるたび、マイケルは同じ言葉を繰り返していた。「変えるのが面倒」「気に入ってるし」「まだ使える」……もう使えない。
「あ、ついに変えたんだ。いいんじゃね。それでさ……」
 リュックを見たジェレミーの反応は予想通りだったが、それでさ、のあとは予想外だった。
「SQUIPがいなくなったっぽい」
「え? いなくなった? てか壊れたんじゃなかった?」
「あー、なんか壊れてたんだけど、テレビとかでも壊れてても動くだろ、だから声は聞こえてて」
 ジェレミーによれば、声は時々聞こえるが支離滅裂だし、だんだん小さくなるからほっといた。耳鳴りとか冷蔵庫の唸りみたいな、生活音の一部になった。それが今朝、ぷっつり静かになっていて、あ、消えた、と思ったと言う。
「えー、そうか」
「そう」
「まあパソコンの寿命と思ったらそんなもん……か?」
 マイケルは首を傾げながら別のことを考える。そんなの俺は聞いてない。なぜ言ってくれなかった? クリスティンには言ったりした? でもそれを言う代わりに、「良かったな」と言う。ジェレミーは「うん」と頷き、突然マイケルのリュックに話を戻す。
「てかバッヂ増えてね?」
「増えてねえ。前と一緒」
 ジェレミーはバッヂ増えたネタが好きで、事あるごとに繰り返す。その度増えてねえと返す。実際増えることもあるのだが、このやり取りはお決まりになっていて、マイケルも面倒だからいちいち説明しない。ざっくり言えばいつも同じだ。リッチにもらったのとジェレミーにもらったのと自分で買ったの。マイケルはめんどくせえ、という顔をしていて、ジェレミーはそれに気づいているけれどもやっぱり言ってしまう。
 本当はジェレミーは、あの時お前が消えちゃわなくて良かった、と言おうとしたのだが、なぜだか言えなくて言葉を引っ込めてしまうのだった。代わりにくだらないバッヂいじりをする。今まで何度となく言おうとして、まだ言えずにいる。けれども彼はいつか言う。きっとマイケルに言う。
 その頃もマイケルはたぶん、ファスナーの壊れたRIENDSのリュックを捨てられない。