〈練習問題③〉追加問題
問一:最初の課題で、執筆に作者自身の声やあらたまった声を用いたのなら、今度は同じ(または別の)題材について、口語らしい声や方言の声を試してみよう――登場人物が別の人物に語りかけるような調子で。
あるいは先に口語調で書いていたなら、ちょっと手をゆるめて、もっと作者として距離を置いた書き方でやってみよう。(ル=グウィン『文体の舵をとれ!』)
彼女が酒を盗んだのは真昼間だった。聖胎節の寒い午後、口笛が響く。唇の震えは酒に触れると止まった。歯に触れる瓶の固さも気にならない。アルコールが切れた頬に沁みるのも。酒飲みの間ではこんな言葉がある。祝福の一口、惑いの二口、三口先は闇。だから引き返せと言われていた。だけど、でも――誰ができる? 英雄じゃないんだ、と言い聞かせる。それどころか私は女で、弱い。気がつくと空の瓶が床に転がっている。またもや夫の酒を飲み干したのだ。もう買い直すだけの金はない。彼女は書斎の天井を見上げた。薄い氷が割れるみたいに笑みが広がる。いつかはこうなると思っていた。それが今になっただけだ。ヒュッ、ヒュッと口笛が聞こえる。震える唇から吐息が漏れている。
【解説】
最初の課題は一人称だったので三人称に書き換える。字数は句読点を含めて15±3字でやってみよう。
とああでもないこうでもないと文章をこねこねしていたところ、15字を守りすぎると単調になってしまう問題、問題というか私が気にしているだけなのだが、そのヒントになりそうな記述を見つけた。窪薗晴夫、太田聡著『音韻構造とアクセント』という本にあったもので、これは英語と日本語の音韻構造を比較しつつ論じるものである。以下、拾い読みというかつまみ食い的に読んだところで気になるところを要約する。
「リズム」とは繰り返しから生じる快であるが、音のまとまり方の異なる日本語と英語では、文のリズムにも大きな違いがある。日本語では「音節拍リズム」と呼ばれる、各音節が同じ長さで繰り返されることで作られるリズムが顕著だ。七五調などがこれにあたるだろう。これに対し、英語では強勢拍リズムといって、アクセントを基調に作られたリズムが繰り返されるという。
さらに、詩でリズムを作る最小単位を「フット」という。これは英語の強弱パターンのことを述べ、日本語ではあるのかどうか長らく議論になっていたが、「音節と語の中間の韻律単位」として認めるべきではないか、というのが本書の筆者の主張である。日本語の「フット」は2モーラ、つまり2拍で構成される、というのである。
この本でも色々と例が上がっているのだが、確かに略語などを見ると、二拍ずつにまとまっていることが多い。国連とか関電とか、「サウンドトラック」は「サントラ」になるし「モーニング娘。」も「モー娘。」になる。二次創作のCP表記などもそうだろう。ドストエフスキー界隈で最大手のCPはおそらく『カラマーゾフの兄弟』のスメルジャコフ×イワンだが、これはスメイワと略される。その他のロシア人名も大体二文字ずつで組み合わされている。これは19世紀ロシア文学ジャンルに限らずあらゆるジャンルでそうだろう。
ということは、つまり二音節ずつがまとまりやすく、落ち着くが、それが多すぎると逆に単調に見える、ということではないだろうか。
そう考えると、前々回の練習問題の冒頭部に使用した「童貞聖マリア無原罪の御孕りの祝日」はよくできている。「どうてい」は二拍ずつだが、「せいまりあ」はそのリズムの繰り返しを崩す。「むげんざい」「おんやどり」も同様だ。「いわいび」は4拍だが、意味の構成上「いわい+び」の3+1になっている。全体がやや乱調というか、「落ち着くリズム」を避ける構成になっているのである。ここに「むげんざい」と「おんやどり」の二つの「ん」が入ってほのかな繰り返しを作っている。なんてよくできた季語なんだろうか! しかも今書いていて気づいたが、全体で「イ」段の音を繰り返しているではないか(どうていせいまりあむげんざいのおんやどりのいわいび)。なんて詩的に練られた季語であろうか(17音からはみ出しているが)。
ならば、リズムの繰り返しに注意しつつ、なるべく奇数拍で構成された単語を入れるとなんかいい感じになるのでは?
ということでやってみたのが上の課題である。各文の音も、類似した音を重ねて整えた。前々回と同じように、1行ずつ改行したものを下に貼りつける。
15
彼女が酒を盗んだのは真昼間だった。
聖胎節の寒い午後、口笛が響く。
唇の震えは酒に触れると止まった。
歯に触れる瓶の固さも気にならない。
アルコールが切れた頬に沁みるのも。
酒飲みの間ではこんな言葉がある。
祝福の一口、惑いの二口、三口先は闇。
だから引き返せと言われていた。
だけど、でも――誰ができる?
英雄じゃないんだ、と言い聞かせる。
それどころか私は女で、弱い。
気がつくと空の瓶が床に転がっている。
またもや夫の酒を飲み干したのだ。
もう買い直すだけの金はない。
彼女は書斎の天井を見上げた。
薄い氷が割れるみたいに笑みが広がる。
いつかはこうなると思っていた。
それが今になっただけだ。
ヒュッ、ヒュッと口笛が聞こえる。
震える唇から吐息が漏れている。
参考
窪薗晴夫、太田聡著『日英語比較選書 10 音韻構造とアクセント』研究社、1998
